訳者註: ボランテイアの間で、アンバエ島の出身者に秀才が多いという噂が立ったことがある。小生が勤めた職場のボスもアンバエ出身で、確かに有能だった。だが、この島民の遺伝子が特別ということは無い筈だ。火山活動が激しいこの島では、首都圏への出稼ぎが早くから始まったようだ。早かった分だけ、多くの島出身の人材が中央官庁で活躍している、という事情があるのではないか。
一方、小生はマエオ島出身の人に会ったことがない。この島の火山活動は有史以前に終わり、島は肥沃である。都会への交通便が悪いこともあって、今も出稼ぎのプレッシャーが低いのではないか。自然環境が「近代化」に与える影響として興味深い。 (参考: アンバエ島訪問レポートのページ)
アンバエ島では、たくさんの火山が火を噴き、流れ出た溶岩が、誰も足を踏み入れたことのない処女地を覆っていた。
ようやく噴火が静まり、アンバエの全能の神タガロは、オンバの火をアンブリム島に投げ移した。それから雨が続き、とてつもなく大量の水が溢れた。それは火と水との戦いだった。タガロは、水が火に勝つように祈りの歌を捧げた。
少しずつ火が衰え、火の二つの目玉が水で満たされて湖になった。マナロ・ケッセとマナロ・ラクハ・ブイだ。
島に人間が現れた。背丈が低く、根性の曲がった奴らだった。そいつらは壷の作り方を知っていたが、何でもさかさまに考える連中だった。長老によれば、あいつらは痴呆だったと言う。彼等はタル・ツェイと呼ばれたが、すぐにどこかへ行ってしまった。
その頃、ロロプエプエとアンバンガとロロソリの村が交わるあたりに、ムエフ・カテカレという男が住んでいた。彼は背が高く屈強で、髪の毛と髯が豊かだった。彼は富の象徴の豚をたくさん飼っていて、腕には立派に巻いた豚の牙を飾っていた。
樹皮で作った彼のベルトは、シンウォタマリノと呼ばれる上等の織物で裏打ちされていた。この織物には「大酋長」と書いてあった。カテカレは、畑に出て踏み鋤で穴を掘り、特に長く育つヤムイモを植えた。そのような長いヤムイモは、大酋長だけが作れるものなのだ。彼は少しずつ穴を広げて土を盛り上げ、ようやく仕事を終えた。
次の日畑に戻った彼は、ムカッ腹を立てた。「俺の畑に入ったのはどこのどいつだ? 俺のヤムイモの周りを歩き回ったヤツがいるぞ!」
怒りに燃えて侵入者の足跡を辿ってゆくと、海岸に出た。そこには海に入って騒いでいる連中がいた。彼は木の陰に隠れて観察することにした。
12人の男たちが水浴びをしていた。女が一人、子供を背中におぶっていた。男たちは岸にあがり、翼を背中に付けると空へ飛んで行った。
女が子供と一緒にとり残されていた。今度は二人が水浴びをする番だったのだ。カテカレはちょっと考え、女と子供の翼を隠した。
女はまだカテカレに気付いていない。女は子供に言った「さあ、これできれいになった。気持ち良いでしょう。日に当たって乾かしましょう」
体が乾くと、女は自分の翼を探した。「大変だ! 大事な翼がない。いったいどこへ行ったんだろう? もう天に戻れない!」 女は泣き出した。
カテカレは、姿を表すのは今だ、と思った
「女よ、どうして泣いているのだ?」
「翼がなくなったの。どうやって家に帰ったらいいの?」
「どこに置いたんだ? 一緒に探してやろう」と、カテカレは言った。
カテカレと女は一生懸命に捜してようやく翼を見つけた。女と子供はとても感謝して、背中に翼を縛り付けて空に舞い上がった。
カテカレはまた一人になり、ナカマルに帰って失望の歌を歌った。次の日、彼は畑に行って葦を刈った。100 本刈って葉を取り除き、茎だけにした。それから弓を持ち、アンバエの男たちが誰でもするように、大きな木の腕輪をはめた。それは、矢を放った反動で怪我をしないようにするためだ。そうしてから、彼は精神を統一し、最初の矢を空に向けて放った。
矢は天に当たった。カテカレが次の矢を射ると、それは最初の矢の尻に刺さり、第三の矢も第二の矢の尻に刺さった。カテカレは矢を射続け、汗をかき、腕が痛くなった。矢を放つ度に、その尻が少しずつ自分に近づき、最後の一本が地面に届いた。
次に、彼は風を呼び、矢がつながってロープのようになったことを確かめた。風は最初ゆるやかに吹き、次第に強くなった。カテカレは嵐に向かって叫んだ。「吹け、曲げろ、だがこわすな。俺は天まで登って行くのだから」
風は葦のロープを撓ませたが、壊れなかった。
カテカレは葦のロープをつかんで登り、やがて雲にたどり着いた。天に着くと、人がたくさん居て話をしていた。彼にはその言葉が分からなかった。人たちは誰も歩かずに空を飛んでいた。カテカレは雲の陰に隠れて観察した。
「あっ、あそこに海で泳いでいた男たちがいる! あっ、消えてしまった! あの女も飛んでいるぞ!」とカテカレは言った。
カテカレは女を追いかけて叫んだ。「おーい、女よ、聞いてくれ」
女にはカテカレの声が聞こえなかった。女が講話を始めると、全員がその前に集まって膝まずいた。女は背が高かった。カテカレは恐れをなした。彼はアーモンドのような実をつけたナベレの木に登り、そこで一夜を明かした。
翌日、また女の講話が始まった。カテカレは、ナベレの枝から緑色のアーモンドのような実を一つ取り、表面に爪で自分の顔を描いた。川の水に映った自分の顔を思い出して描いたのだ。それを女の足もとに投げたが、女は気付かずに話を続けていた。カテカレは二つ目の実にまた自分の顔を描いて投げた。女はまだ気付かない。三つ目にも気付かなかった。
子供が実を拾って母親に言った。「おかあさん、これを見て!ナベレの実にお父さんの顔が描いてあるよ!」
「そうだね。だけどどうして…」
彼女が顔を上げると、ナベレの木の上にカテカレがいた。
「そこで何をしているの、どうやってここに来たの?」
「お前が好きだよ。だからこうして会いに来たんだよ。空に向けて矢を放って、それをロープのようにして登って来たんだよ。」
「私が好きだって?それはおかしいわ。私はあなたの村の者でもないし。それでは・・・」と女は言った。
女は、ロンガナの言葉でイリと呼ばれている扇のようなもの取りだした。その扇が起こす風は、悪企みや悪事を細大漏らさず吹き飛ばしてしまうのだ。
女は雲に乗って言った。「ここはオウテココナという、とても神聖な場所なのよ。あなたは家に帰りなさい。矢のロープを伝わって戻りなさい。地上に戻ったら、矢のロープを揺すりなさい。息子がバラバラにしてお前の畑に返してやるから」
カテカレはすっかり弱気になって地上に戻った。友達を呼び集めてダンスを催し、全てを忘れ去ろうとした。ダンスが終わると、元気なカテカレに戻った。女の言ったことを守らず、また天に矢を射た。矢は空に届いたが、地上に落ちた。
彼は「タガロの神様、助けてくれ」と嘆願した。
次の矢を放ち、また放ったが、どれも足元に落ちた。天の扉は閉じられ、二度と開かなかった。カテカレは一人ぼっちで悲しみに打ちひしがれた。
その昔、アンバエ島のロロヴェヌーに、タガロという酋長がいた。この酋長は戦いがうまく、勇気があり、人々の面倒を良く見ることで知られていた。その当時、タガロとその部下たちは、部族の繁栄のために多くのことをなし、たくさんの富を保有していた。それが近隣の酋長達のねたみをかうことになったが、名声高く侮り難いロロヴェヌーの酋長と、一戦交えようとする者はいなかった。酋長の持つもの全てが、彼を無敵にしていると言われていた。
タガロと同盟関係にあった酋長の一人、ムウェラグブトは、タガロの富と肥沃な土地を手に入れようと、密かに考えていた。彼の狙いは、タガロを追い出し、アンバエを束ねる大酋長の地位を得ることだった。だが、タガロは、ムウェラグブトが自分の地位を狙っているのではないかと疑っていた。
ある日、ムウェラグブトは貢物を持ってロロヴェヌーの酋長の前に現れた。二人の酋長は、伝統のとおりに貢物の授受を行った。二人は長い時間をかけ、島内の交易について法律を作る相談をした。夜になってやっと話がまとまったが、二人は平和が戻ったことに満足していた。タガロはムウェラグブトの悪巧みに全く気づかず、手厚くもてなし、ムウェラグブトを客人用の小屋に泊めた。
次の朝、タガロは海で体を洗っていた。ムウェラグブトが浜に下りると、そこにタガロの着物があった。それを盗んで大酋長の魔力を手に入れようと考えた。
「これでうまく行くぞ。タガロの衣装を身につければ、あいつのパワーと栄誉は俺のものになる!
ムウェラグブトはさっそく行動を起こした。タガロの注意を逸らせるために質問をしながら、砂の上にあった着物をこっそりと身に着けた。
「ここに装身具がたくさんあるね」
「それは俺の着物だよ。そのままにしておいてくれ」
だが、ムウェラグブトはタガロを適当にあしらいながら、タガロの衣装の一部である装身具を身に着けていた。
「俺の装身具はなかなか立派だろう」とタガロが言った。
「全くだ。大酋長にぴったりだ」
「褒めてくれてありがとう」
「ところで、お前さんは新しい衣装を作ることだな。お前さんの好意に感謝しないわけではないが、俺には俺でやりたいことがある」
「おい、ムウェラグブト、ドロボー! 俺の着物を返せ!」
タガロは客人に着物を返すように怒鳴ったが、ムウェラグブトは森の奥に逃げ込んでしまっていた。タガロの護衛が追いかけたが、捕まえられなかった。
大酋長タガロは、その日のうちにムウェラグブトの村に使者を送り、衣装を返すように言った。ドロボー酋長は使者を殺すと脅したが、かわりに次のメッセージを返した。
「お前の酋長に言え。あの衣装は俺のものになった。絶対に返さないと」
翌日その返事を受け取ったタガロは、盗まれた衣装について心配し始めた。
「あの衣装を取り返すしかない。さもないと、あいつは俺に対して魔力を使い、俺の支配力が潰えてしまう」
タガロは一番足の速い兵士を呼び、メッセージを伝えるように命じた。「早く走ってあのドロボウ酋長に言え。俺の衣装を返せ、もし返さなければ厳罰を食らうぞ、とな」
ロロヴェヌエの酋長から二人目の使者がムウェラグブトの酋長にもとに着くと、ムウェラグブトの酋長は言った。
「お前の酋長に言え、戦争がお望みなら、受けて立つぞ、と」
使者の兵士がその返事を持ち帰ると、大酋長はすぐさま軍事会議を招集した。全員一致で開戦が承認されると、タガロは兵士全員をムウェラグブトに向けて動かした。ムウェラグプトの兵力は300人だけだった。翌日の明け方、ムウェラグブトはロロヴェヌーに向けて、100人の兵士をさし向けた。戦いは全く一方的で、タガロの兵士は、ムウェラグブトの兵士を最後の一兵まで殺しつくした。
惨敗の翌日、ムウェラグブトは次の100人を送ったが、殺戮機械とも言うべきタガロの兵力が、これを全滅させた。それを見て残りの100人を送ったが、すぐさま殲滅されてしまった。
ムウェラグブトは、自軍の兵士が一人残らず死んだことを知ってパニックに陥ったが、すぐに落ち着きを取り戻した。タガロの衣装を身に着ければ、無敵のパワーが発揮され、たった一人でもタガロとその軍勢をやっつけられると考えたのだ。鼻に法螺貝をぶら下げ、右の耳にタムタムを、背中にココヤシの繊維を編んだよろいをつけた。そうしてからロロヴェヌーの前に進み出た。
ムウェラグブトが近づいて来るのを見て、タガロの兵士達は恐怖にかられて森の中に逃げ込んだ。タガロでさえ、この逆襲に恐れをなした。謀反人ムウェラグブトが、自分から盗み取った魔力を自分に向けて来ることを最も恐れたのだ。
タガロは敵の前に進み出た。ムウェラグブトが射た毒矢は、簡単に避けることが出来た。首をすくめて避けると、まるで空中の見えない何物かをつかむが如く跳ね上がり、敵の血で覆われた地面にすっくと降り立った。タガロが敵に近づくやり方は、まるでアクロバットだった。ムウェラグブトは持っていた100本の矢を全部射たが、1本も当たらなかった。
「さあ、これで俺とお前だけになった。考え直すなら今の内だぞ」とタガロが叫んだ。
衣装ドロボーは恐れをなして森に飛び込もうとした。だが安全な場所に逃げ込む前に、タガロは跳び上がって敵を地面に打ち据え、自分の兵士を呼び、ナメレの木の幹に縛り付けるように命じた。タガロは自分の衣装を取り戻すと、ムエラグブトの頭に一撃を与えて殺し、その遺体は兵士によって燃やされた。戦いが終わると、ロロヴェヌーに平和が戻り、タガロは大酋長としてアンバエを治めた。