ヒマラヤ山脈のほぼ中央にアンナプルナ山塊がある。アンナプルナⅠ峰(8091m)を主峰に、Ⅱ峰(7937m)、Ⅲ峰(7555m)、Ⅳ峰(7525m)、南峰(7219m)など7千m級の秀嶺に加え、マチャプチャレ(6993m)、シングチュリ(6501m)、ヒウンチュリ(6441m)などの6千m級の峰々も、個性的な山岳美を競う。

前々回の8千m峰篇にも書いたが、山塊西側の峻峰に囲まれた盆地は「Annapurna Sanctuary」(聖地、禁猟区)とされ、山小屋でも肉類を供さない。この聖地を日本では「アンナプルナ内院」と呼ぶ。語感的には絶妙な命名だが、「内院」は伊勢神宮の斎宮(神宮に仕える未婚皇女の御所)を謂い、地形的な特徴を表わしていない。むしろ大寺院伽藍の「内陣」がイメージに近いような気もする。

内院へのトレッキングはエベレスト街道よりアクセスが容易で(我々は1週間かけたが、健脚者は3日で行くという)、山岳景観もエベレスト街道に劣らない。標高がやや低いこともあり(最高地点のアンナプルナ・ベースキャンプが 4130m)、酸欠トラウマの相棒(連れ合い)をヒマラヤに連れ出すきっかけになった。2013年11月のトレッキングのレポートは、アンナプルナ内院トレッキング その1(ポカラ→マチャプチャレBC) その2(アンナプルナBC~)をご覧ください。



19.アンナプルナⅢ峰 (7555m)  撮影:マチャプチャレBC近くから  2013年11月9日 09:43  

内院の盟主アンナプルナⅠ峰(8091m)は「ボクの山写真百選-1、8千m峰」に登場済み。次に標高が高いのがアンナプルナⅢ峰だが、トレッキングのルートからは前山の裾に遮られて見えにくい場所にある。マチャプチャレBCの少し先で見えるのだが、往路ではⅢ峰が背後になり、意識して振り向かないと見逃してしまう。この作品は復路で撮ったが、ここが一番カッコよく見えるポイントだろう。アンナプルナⅢ峰は、田部井淳子の女子登山隊がエベレスト登頂(1975年)に備えて1970年に遠征し、女性登山家として初登頂した山でもある。


NIKON D300s 18-200mm(105mmで撮影) ISO400 f10、1/800 EVー0.3 (友山クラブ出展作品)


20. アンナプルナ南峰(7219m)-1  撮影:マチャプチャレ BCから  2013/11/6 10:06  

トレッキング開始から6日目、デウラリ(標高3230m)から内院入口のマチャプチャレBC(標高3700m)に入る。午前中の光線の当たり具合の良い時間帯に内院の写真を撮るべく、ツアーリーダーの許可を得て本隊より30分早くデウラリを出発し、2時間登って狭い谷を抜けると、この景観が待っていた。

この作品の主役は「雲」だが、脇役がヘボでは芝居にならない。内院の盟主アンナプルナⅠ峰も右に頭を出しているが、中央左奥の南峰がその役を演じてくれた(立ち位置がもう少し右だと拍手喝采なのだが・・・)。雲が南峰から放射状に流れたのは1分足らずで、その時この場に居あわせたのは、デウラリを30分早く発ったご褒美だった。


ニコンD300S、18-200㎜(18㎜で撮影)。ISO400、f8、1/1000、(友山クラブ出展作品)


21. アンナプルナ南峰-2    撮影:マチャプチャレBCから   2013/11/6  12:28  

この日は朝10時にマチャプチャレBCに着き、高度順応でロッジに停滞。庭に三脚を据えて夕方まで周囲の峰々を撮って過ごす。南峰の山頂にまとわりつく雲が消えるのを待つが、どいてくれない。山頂の雲は流れて来たのではなく、斜面に沿って上昇した気流(風)が断熱膨張して出来た雲で、山頂を越えて消える。この日は一定の温度・湿度の気流が南峰山頂に流れ続けていたのだろう。


ニコンD300S、18-200㎜(62㎜で撮影、トリミングあり)。ISO400、f8、1/400、


22.アンナプルナ南峰-3    撮影:アンナプルナBCから   2013/11/9 05:48  

百選に同じ山を3点入れるのは気がひけるが、滅多に撮らない夜景なので加えさせていただく。アンナプルナBCに着いた翌日は終日曇天で雪が舞い、帰る日の朝3時にトイレに起きた時も舞い続けていた。念のため朝5時に外に出てみると、意外にも星が出ていた。急いで部屋に戻ってありったけの防寒具を着込み、ロッジから100mほど離れた雪原に三脚を立てた。夜空の撮影はオート任せではダメで、手動で設定を変えてモニターで確認しながら撮る。月が無く、山を浮かび上がらせるには、朝の光が微かに届くタイミングを狙うしかない。薄明るくなれば星が写らなくなるが、オリオン座が残ったのでヨシとする。


ニコンD300s 18-200mm(18mmで撮影) ISO2500、F10、30秒 


23.マチャプチャレ (6997m)  撮影:マチャプチャレBCから  2013/11/6 10:57  

マチャプチャレは「魚の尾」の意で、見る方角によって山頂が魚の尾の形になる(右写真はタダバニから)。地元の人たちが聖山と崇めるこの山では、登山者は山頂の手前で引き返すことになっている。

標高7千mに届かないが「絵になる山」で、山の写真屋の間では「マチャ」と愛称され、頻繁に写真展に登場する。小生の個人的な見解だが、マチャの撮影ポイントはマチャ・ベースキャンプ(BC)がベストではないかと思う。BCから地図上の距離が4Km、標高差が4千mあるので、仰角は45度になる。仰ぎ見て撮るので首が痛くなるが、雲の様子が刻一刻と変化するので、撮り続けるしかない。

1990年頃は垂直の岩壁の上部まで雪が付いていたと聞く。温暖化が進めば懸垂氷河が更に崩落して岩盤の露出が増える。「マチャ」のお化粧がこれ以上崩れるのは困る。


Nikon D300S 18-200mm(22mmで撮影) ISO400 F8 1/500


24.マチャプチャレ-2     撮影:マチャプチャレBCから    2013/11/6 17:27 

山写真の撮影は夜明けと日没時が定番とされる。太陽光が空気層を横切って青い波長が吸収され、被写体が赤く染まり、光が横から当たって影がくっきり出るからで、偏光(PL)フィルターで乱反射を吸収するとクッキリ感が強調される。そんな定番の作品を撮ったのだが、雪煙がもう少し欲しかった・・・


Nikon D300s 24-120mm (50㎜で撮影) ISO400 f8、1/20 EV-0.6 (友山クラブ写真展出展)


25. シング・チュリ(6501m)   撮影:アンナプルナBCから  2013/11/9 06:37  

シングチュリはアンナプルナⅠ峰から東南に伸びる支稜線上のピークで、個性の強い峰々の中にあって、つつましやかな風情が好ましい。右肩に頭を出すグレーシャードーム(7069m)が少々邪魔で、少し近付いて撮れば稜線の下に沈む筈だが、足もとは氷河に落ち込む絶壁の縁で、これ以上前に行けない。


Nikon D300s  24-120mm(120mmで撮影) ISO400 F8 1/100 EV-1


26.ヒウンチュリ(6441m)   撮影:マチャプチャレBCから  2013/11/6  11:28 

山の姿は見る方角によって大きく変わる。内院トレッキングで最初に見えるのがアンナプルナ南峰とヒウンチュリのペアで(右写真はトルカから)、ヒウンチュリは主人の南峰に忖度する気の弱い子分のように見える。(トレッキングのルートは、ヒウンチュリの右裾を裏側に回り込み、ヒウンチュリのピークの下にアンナプルナBCがある。)

この作品を撮ったマチャプチャレBCは内院の仁王門の位置になる。ヒウンチュリはマチャと一対の仁王様になり、忖度も弱気もかなぐり捨てて聖域を守護する。その頂に昇る雲は阿形仁王の怒気にも見える。


Nikon D300s  18-200mm (200mm で撮影) ISO400  f8, 1/640  EVー1