訳者註: アンブリム島はUFOが飛んでいるような形をしている。そのせいではないだろうが、昔から「悪魔の遊び場」と呼ばれ、19世紀以降にキリスト教化が進んだバヌアツの中で、今も何かにつけてブラック・マジシャン(魔術師)が幅をきかせている土地柄である。

アンブリムにはマルム(海抜1270m)とベンボウ(1159m))という二つの活火山があり、ミュージカル「南太平洋」で歌われた「バリハイ火山」のモデルという説もある。島民のガイドで火山に登る3泊4日の野趣豊かなツアーに興味があったが、島への定期便が週2便しかなく、雨が降ると草原の飛行場が使えなくなり、いつポートビラに帰れるかわからない。ボランテイアとは言え仕事を持つ身では、出かける勇気が出なかった。


その昔、アンブリム島にとてつもない怪物がいた。イノシシの頭の真ん中から大きな角が生えたような、一風変わった姿をしていたらしい。どこから来たか誰も知らないが、そいつがオーラル湾のヌシだったことは確かだ。と言うのも、土地の者たちがこの怪物をプーヴィアセロー、つまり「聖なる湾の守り神」と呼んでいたのだから。

この化け物の食い物は人間で、とりわけ子供の軟らかい肉が大好物だった。腹がへると、ブーヴィアセローは砂浜に這い上がって流木に姿を変え、子供が浜に遊びに来るのをじっと待つ。子供たちは浜辺で我を忘れて遊びまわる。その流木の上に座る運の悪い子供がいるし、中には流木を振り回して海に投げ込んで、水しぶきが上がるのを喜ぶ子供もいる。それは面白い遊びだが、いつまでも喜んではいられない。流木がプーヴィアセローの姿に戻るのだ。子供たちは驚愕と恐怖で動けなくなる。こうして子供を捕まえ、海の中に引きずり込んで食う。こんな風に腹をふくらませるのだが、この怪物は実に巧妙に間隔をあけて現われるので、人は浜に怪物が出ることをつい忘れてしまう。こうして気付かれないように子供を獲ったのだ。

ある日のこと、村の酋長は子供が消えたことに驚き、怪物が流木に化けて出る海岸一帯をタブー(立ち入り禁止)にした。歩いたり、泳いだり、遊んだりすることを禁じたのだ。プーヴィアセローはこの決定を知らず、ハラをすかせて巣から出て来た。子供が食えると思って舌なめずりして、いつものように流木に化けた。だが浜にはヤシの実の他に何もなかった。やがて怪物はここには誰も来ないと悟った。

怪物は、住民が海岸をタブーにしたのを知って、湾に一番近い村に行ってみることにした。ヤブに隠れて静かに小屋に近づいたが、村人は仕事に忙しく、危険が迫っていることに気付かない。怪物は大笑いして遊んでいる子供の中から、一番強くて利口そうな子を選んだ。その子が他の子供から離れるのを待って捕まえ、ヤブの中に引きずり込んだ。それが酋長の息子とは知らなかった。

酋長は、それが浜をタブーにしたことへの怪物の仕返しだと思った。彼は息子の運命を思って泣き叫び、復習を誓った。彼は村人を集めて重々しい声で言った。「プーヴィアセローを生かしておけない。あいつを殺す!」

男たちは小屋を出て、怪物が現れたらいつでも討てるように準備をした。

怪物は海に入って酋長の息子をあっと言う間に食い、消化してしまった。いつもは一度に3人食うので、一人ではハラがくちくならなかった。そこで怪物はふてぶてしくも浜に戻った。海からほんの数歩出たところで、村人たちが飛びかかった。彼等は岩の陰で長いこと待ち構えていたのだ。怪物を見ると心臓が飛び上がった。いやはや、その巨大だったこと! だが考え直す暇もなく退治にかかった。一本の矢が怪物の左目を貫き、もう一本が腹に当たった。

誇り高き怪物は、致命傷を負っても、敵の目の前で死ぬわけにゆかない。プーヴィアセローはのっそりと海へ後ずさりした。自分の巣の中で息を引き取りたかったのだ。怪物が逃げるのを食い止めようと、力まかせに投げられた槍は、怪物の首に突き刺さり、血が海を汚した。怪物は動かなくなった。プーヴィアセローは岩に姿を変えた。

人食い岩は今もアンプリムのオーラルの海岸にある。それを見たら、その昔、「聖なる湾の守り神」と呼ばれた怪物がいたことを思い出してくれ。


その昔、ベンボウ山とマルム山の広い火山原が海に落ちるあたりの黒い砂浜に、村がいくつもあった。どの村にもたくさんの男と女が住んでいて、畑やナカマルや踊りの広場があった。もちろん争いもあったが、争い事には慣れていたし、村同士で婚姻を交わすことで平和を取り戻していた。それは祝うべき良き時代だったのだ。

ある日のこと、ある村の一人の男が海岸を歩いていた。貝とカニを獲りに行ったのだ。弓矢を持ち、誰にも黙って隠れて出かけた。引き潮で珊瑚礁が水面に出ていた。潮に濡れた岩を前にして、男は自分が小さい存在のように感じた。まるで山から出て来た小人のようだと思った。だが、初めて見る景色に、ある種の満足感もあった。彼は深呼吸をして、新鮮な海の匂いを胸一杯に吸い込んだ。

突然、人が二人、珊瑚礁の向こうから来るのが見えた。男は自分一人だけだと思っていたので、ちょっと気になった。よく見ると二人とも女だった。女が二人で珊瑚礁に?
「あの二人の女はどこから来たのだろう? 俺についてきたのかな?」と独り言を言った。

二人の女は男に気付いたが、全く気にしない様子で、貝を拾い続けていた。男はそれを見て、自分が気にならないのだろうと思って、近づいていった。近くで見ると、二人はうら若く、村では見たこともないような美しい娘達だった。

娘達に近づいて訊ねた。
「まだ会ったことがないね。どこから来たのだ?」
「私たちは姉妹よ」
「だから、どこから来たのだ?」
「山のほうよ」

はにかんでいると思ったので、気やすい会話を始めた。
「貝はたくさん採れたかい?」
「ええ、もうカゴ一杯よ。白い珊瑚も採っているの。火にくべて燃やすと白い粉になるの。大きな木の下で燃やすのよ。その灰で髪を染めるの。驚いた?」
「いいや! あんた達は二人ともきれいだよ!」

二人の娘はちょっとはにかんで答えず、カゴを持って砂浜の方へ行った。男はちょっと気分を害して、急いで貝を拾った。時々海岸へ目をやると、砂浜の大きな木の下で、二人が火を焚いていた。煙がゆっくりと昇っていった。男は貝を拾ってカゴにいれながら、大きな木に近づいた。木の下から漂ってくる煙に奇妙に惹かれたのだ。

「あの二人は本当にきれいだ!」と男は思った。

娘達は貝殻を火で焼きながら、横目で男を見ていた。男の方は一生懸命に考えていた。
「あの内の一人と結婚できたら、どんなに幸せだろう。あっちのきれいな娘にしようかな。でももう一人の方も悪くない」

二人の娘はカゴを持って立ち去ろうとしていた。
「行かないでくれ。どっちか一人、俺と結婚してくれないか」
「いやだわ。どっちか一人なんて。私たちは双子だから、二人一緒でなければ」
「二人一緒にだって?」
「私たちは二人だけれど一人なのよ。別々になれない。いつも一緒でなければ」

男は娘の言うことが理解できなかったが、とにかく二人はとても魅力的だったのだ。他に答えがあるだろうか?

「ここで待っていて。お母さんと話して来るから」と娘達は言った。男は言われた通りにした。

娘達は母親の家に行くと、今あったことを話した。「浜で会った男の人が、私たちのどちらかと結婚したいと言うの。だからそれは無理と言ってやったの。二人一緒でなければいやと」

「それで、その人は何て言ったの?」
「それがお母さん、それで良いって言うのよ」
「良いじゃないの、結構な話だわ。だけど気をつけてね」

娘達は男が待っている浜に戻った。男は娘達が言ったことに合点がゆかなかった。からかわれているのではないかとも思った。もし娘達の母親が、北アンブリムのツヨ山に棲む大蛇だと知っていたら、もっと心配していたかもしれない。

「あんた達のお母さんはどこにいるんだ」と男が聞いた。
「あの上よ。あそこに見える山のてっぺんよ」
「俺と一緒になるんだと言ったら、お母さんは何て言った?」
「いいじゃないの、と言ったわ。何も隠し立てはしなかったわよ。あなたのこともちゃんと話した。あなたについて行って良いという許しがあったのよ。気をつけなさい、とだけ言われたわ」

歩きながら、男は娘達のことをもっと知りたくなった。
「俺と一緒になれて、うれしいかい?」
「ええ、とってもよ」
「他に兄弟や姉妹はいるのかい?」
「誰もいないわ」
「俺はお母さんに会ってみたくなった」

だが、娘達は自分達の母親が大蛇だとは明かさなかった。

村に入る前に、男は娘達を家の近くの林に隠した。夜になって娘達を自分の家に連れて行き、それから大きなププを吹いた。村の男を集める時に吹く法螺貝だ。

男たちがナカマルに集まった。酋長は皆に静まるように命じた。
「皆の衆、ウルウル・ナイムが話したいことがあると言う。聞いてやろう」
「俺は結婚しようと思う。明日お祝いの準備をしてくれ。明後日が祝いの日だ」

皆は驚いた。「あいつは誰と結婚するというんだ? 俺達はまだ見ていないぞ」
ウルウル・ナイムは何も言わなかった。二人の娘がそこからほんの数歩の家の中に居るとは、誰も知らなかった。

次の日、村中の人たちが祝いの準備にとりかかった。女達は焚き木を集め、男達は近くの村々に祝い事をふれ歩いた。その道すがら、ヤムイモとタロイモを掘り、昔からのやり方で豚をかついで歩いた。他の者たちは情報を集めようとしていた。

「相手は誰なんだ?どこの村の者だ?」
ウルウル・ナイムは少しも動じないで言った。「俺だけが知っていることだ。明日になればわかる。楽しみに待っていてくれ」

酋長はタロイモとヤムイモを山のように積み上げ、豚を一匹ずつ杭に繋いだ。ププを吹くと、長老達がタムタムを叩き始めた。ウルウル・ナイムは、右の手に一人の娘を、左の手にもう一人の娘を連れて現われた。それからタロイモとヤムイモを積み上げたところに行き、まわりを回って祈りをささげ、集まった人々に挨拶した。次に酋長のところに行って挨拶した。酋長は驚いたが、何も出来なかった。ウルウル・ナイムが決心を固めていたからだ。

「あの二人は本当にきれいだ」と誰かが言った。
「だが、嫁が二人とは!」と他の誰かが言った。

酋長は祝いのために集められたタロイモやヤムイモや豚を、村人や近隣の友人たちに分け与えた。日が沈むとダンスが始まった。

「あんな美人、どこで見つけたんだ?どこの村のものだ?」
ウルウル・ナイムは答えた。「浜で出会ったんだよ」

ダンスは次の日まで続いた。牙が丸く巻いた豚は殺されて石焼窯で料理された。牙が二重に巻いた立派な豚は、妻の母親への贈り物としてとっておかれた。ウルウル・ナイムは母親が来ないことを知っていた。妻がこう言っていたのだ。
「私たちのお母さんは、とてもひどい姿をしているの。贈り物は私たちが届けるから」

豚が焼けると、二人の娘はお母さんの分を取り分け、持ってゆこうとした。ウルウル・ナイムは一緒に行こうとしたが、娘達はまた反対した。

「お母さんがひどい姿をしていると言ったでしょう。ここにいてください。すぐに戻ってくるから」
「俺はおまえ達の夫だ。お義母さんに会わなければ」
「あなたはお母さんに会うには小さすぎるし、弱すぎるわ」
「それでも会いたい」
「ダメです」
「俺はひどい姿の人たちを見たことがあるし・・」

とうとう二人の娘は折れた。
「そこまで言うなら、会ってもらいましょう」

ウルウル・ナイムは二人の後に付いてツヨ山に登った。彼は辛抱出来なかった。
「お義母さんの家はどこにあるんだ?」
「ここだわ。あそこに入り口がある」

そこには葦が生えているだけだった。「ここで待っていて」と娘の一人が言った。「お母さんに食事を持っていってくるから」

太い葦が洞穴の入り口を塞いでいた。その後に大きな暗い洞穴があいていた。
二人の娘が葦をかきわけ、ふと姿を消した。

娘達は洞窟の底に居た。中はとても暗かった。一人が包みを母親に渡した。
「このラプラプと豚の肉は、私たちの夫の家族がお母さんのために特別に作ったものです」
「そこに置きなさい」
「私たちの夫がお母さんに会いたいと言っています。食べ終わったら会ってやってください。葦の向こう側にいます」

二人の娘は外に出て男に言った。「お母さんは、食事が終わったらここで会うと言っています」

しばらくすると、地面が揺れ、穴の奥から火山が噴出してくるような大きな音がした。ウルウル・ナイムは恐怖で震え上がった。

「お義母さんに会いたいと言ったでしょう。来ますよ」

台風のような風が巻き起こり、大蛇の頭が岩の上に現われた。すべすべした胴体が、溶岩が冷えて固まった岩の間をスルスルと動いた。口を開くたびに強い風が吹き、近くの草をなぎ倒した。

ウルウル・ナイムは恐ろしくて立っていられなかった。震えて汗が噴き出した。

「お義母さんに会いたいと言ったのはあなたです。そしてここに居るのが・・」

大蛇は頭を岩の上にのせると大地が揺れた。ウルウル・ナイムは走り出した。転んで立ち上がり、そしてまた走った。走りながら彼はナンバス(ペニスケース)を失くし、フリチンで走った。妻たちは彼を追いかけ、ナンバスを拾った。

ウルウル・ナイムは村に着くと、水を浴びてから広場の方に走り、タムタムを叩いて村人を呼んだ。村人は走って集まったが、彼の恐怖におびえた顔を見て驚いた。

「すぐナカマルに集まってくれ。話すことがある」

男たちは秘密のうちに襲撃の計画を練った。その夜、ウルウル・ナイムは二人の妻に言った。「明日、俺はお義母さんの家を作ってあげる。おまえ達はお義母さんを連れて来てくれ」

次の朝、二人の女は母親を連れに行き、ウルウル・ナイムは家を作った。屋根は乾いたバナナの葉で葺いた。作り終えると、彼は自分の家に戻った。夕方になって二人の女とその母親が村に着いて家に入った。二人がラプラプを作るために火を熾して石を暖め始めた時、母親が言った。

「おまえ達、これから何か起きるよ。あの人たちが私に危害を加えようとしている。多分殺すつもりだろう。私が殺されたら、お前達に分かるようにサインを送る。どんなサインか言わなくても分かる。私が死んだら、私を祭る食べ物を作っておくれ。その時、おまえ達が見たものを必ずラプラプの中に入れるのだよ。年寄も、若い者も、女も、男も、子供も、村で一番下っ端のメレウンも、一人残らず食べなければいけない。皆が食べている間に法螺貝を吹くのだよ。そうすれば何かが起きる」

母親は二人の娘に帰すと寝床に入り、二人は夫のもとに戻った。その夜、ウルウル・ナイムは妻達に言った。「明日、村の女たちは酋長の庭に集まって、枯れ草を燃やす仕事をするのだ。俺達男は鳩狩りと野豚狩りに行く」

次の朝、女たちは酋長の庭に枯れ草を燃やしに行き、男たちは狩に出かけるふりをした。しばらくして、男たちは義母の家のまわりを取り囲んだ。小屋の上に乾燥したシュロの葉と枯れ木を置いて火を放ち、木の陰に隠れて家が燃えるのを見た。火の中で大蛇がのたうちまわり、大地が震えた。最後に苦しみながら身をよじって死んだ。残ったのは小さな灰の山だけだった。

この間、畑にいた女たちは何も知らなかった。二人の娘のうちの一人の肩に何かが降りかかった。それをとり上げてもう一人の娘に見せた。それは蛇の皮だった。娘達の母親のものだ。「おまえ達にサイン送る」と母親は言っていた。二人の娘は抱き合って泣いた。母親は死んだのだ。

二人は家に戻ると、ウルウル・ナイムを糾した。「お母さんを殺したでしょう!」
「いや、俺達は狩に行っていたのだ」
「うそつき!あなたはお母さんを殺した。私たちは知っている。お母さんを殺した!」
「そうだ、俺達が殺した」

二人の女はまた泣き出した。母親の灰にまみれに行き、ようやく落ち着きを取り戻した。

「しきたり通り、私たちの母親を悼む喪の宴を開いてください」

酋長が全員を集めた。女たちは焚き木を集め、男たちはタロイモとヤムイモを掘り、豚を引いて来た。石を焼いてラプラプを作る準備が出来た。

二人の娘は顔を見合わせた。二人は蛇の皮を指で砕き、注意深くラプラプに練り込んだ。娘たちは出来上がったラプラプを取り出して、母親に言われたとおりにした。二人は、女たちが全員で一つの小屋に入ってくつろぐように親切に言った。男たちにも同じように言った。先ず酋長が最初に口をつけ、全員が食べ始めたところで、二人の娘は顔を見合わせて同時にププを吹き鳴らした。たちどころに長老と男たちが豚に姿を変え、人間として食べ始めた食べ物を、豚として貪り始めた。

今もアンブリムの広大な火山原には数千頭の豚が住んでいる。村人たちがひっきりなしに狩をするが、獲り尽くされることがない。

二人の女は今もこの地方で生きている。運が良ければ、川で水浴びしているのを見ることがあるかもしれない。話しかけると、近所の村の娘に姿を変えて現われることもある。私がこの伝説を聞いたのは、この二人の女たちからだった。二人は今も生きている。アンブリムに行ったら会えるかもしれないよ。


その昔、アンブリム島のクレイグ入江の村に、男と女が住んでいた。とても仲が良く、シンプルで幸福な暮らしをしていた。二人の幸せは、玉のような双子の男の子が生まれたことで、一層確かなものになった。母親は心から双子を愛した。村人は彼等のことを「クレイグ入江で一番幸福な家族」と呼んで羨ましがった。二人の男の子はすくすくと育った。平穏無事だったので、一層早く育つように思われた。元気一杯で生気に溢れた二人は、父親に魚獲りの弓と矢を作ってくれとせがんだ。二人は弦がピンと張るほど強く弓を引けた。これを道具にして優れた漁師になった。

とり立てて変わった事もなく時が過ぎた。夫婦は毎日畑に出て草取りをした。本当に丹精したので、果物はよく熟れ、野菜は大きく育った。豚が入り込んで滅茶苦茶にしないように塀も直した。

親たちが畑仕事をしている間、男の子たちは魚を獲った。すばやく弓に矢をつがえ、狙った魚を逃したことは無かった。夕方になると、家族は集まって楽しい時を過ごした。畑で採れた素晴らしい野菜と、きれいな海で獲れた新鮮な魚で、母親はおいしいスープを作った。四人はヤシの葉を編んだ敷物に座り、その日の出来事を話し合った。心地好い夕暮れが家族にとって至福の時だった。だが、突然、双子の母親が死んだ。

あまりにも唐突で、何故死んだのか分からなかった。双子は悲しみのあまり死にそうだった。とても癒されそうになく、この日で幸せは終わったと無意識に思った。苦悩と絶望が襲った。父親はしばらく妻の喪に服していたが、畑の手入れや豚の世話、子供の養育に、とても一人では手が回らないことを悟った。そこで彼は再婚することにした。死んだ妻ほど素晴らしい伴侶が見つかるとは思わなかったので、ちょっと気に入っただけの女と再婚した。

だが残念なことに、その女は意地悪でわがままだった。最初の日から、彼女は手のかかる子供たちを憎んだ。家庭生活は憂鬱なものに変わった。双子の男の子たちは終日魚獲りで過ごしたが、魚の姿を見ることで憂さを晴らしていたのかもしれない。その間、父親と継母は畑の手入れをしたが、一生懸命とはとても言えなかった。良い野菜も採れなかった。

夕暮れ時も前とは全く違ったものになった。笑いは昔のものとなり、料理はお世辞にも美味いとは言えなかった。新しい主婦はタロイモとヤムイモをむいた皮を別のナベに入れ、それを子供たちに食わせた。そのことは夫には黙っていた。子供たちは継母の暴力的な反応を恐れ、そのことについて何も言わなかった。魚獲りで腹がへるので、イモの皮でも食えたのだ。

双子が10歳になったある朝のこと、二人は浜に出かけた。岩の上に座って物思いに沈み、水平線を眺めた。彼等の心は重かった。言葉に出さなくても、自分達の窮状は分かっていた。突然一人が言った。

「なあ、弟よ。もう豚にやるような食い物はゴメンだ。本当の母さんはおいしい食事を作ってくれた。新しい母さんは違う。とても邪険だよ。俺達を愛していない。なあ、弟よ。本当の母さんのところへ行こう」

ぞっとするような考えに囚われ、昼少し前に家に帰ったが、食べ物は無かった。二人の子供は一層重い心で海に戻った。夕方になっても浜にいた。夜になって家に帰ると、作りかけのラプラプがあった。腹が減っていたので、それを食べながら、死んで母親に会おうと心に決めた。

次の日、いつものように父と新しい妻は畑に出かけた。双子は浜に行った。昨日よりも一層悲しかった。重い心でカバノキに登った、そこで泣いた。本当の母親、幸せだった日々を思い出した。

畑にいた父親が子供たちのうめき声を聞いた。
「おい、家に戻ろう。子供たちが危ない。泣いているのが聞こえる」
「何言ってるの。こんな遠くに聞こえる筈がないじゃない。大きはハエがバナナの木の周りを飛んでいるのよ」
「俺は行ってみる。そうすれば心配が晴れる」

男は急いで家に戻り、持ち物を置いて浜に走った。カバノキのてっぺんに双子がいるのを見つけた。

「おまえ達、そんなところで何をしている。下りて来い。すぐ家に帰れ」

双子の一人が泣きながら言った。「いやだ。家には帰らない。本当の母さんはやさしかった。美味い食事を作ってくれた。新しい母さんは意地悪で俺達を憎んでいる」
「そんなことはない。きっと全部が変わる。もう良くなる。幸せになれる」

だが、双子はあまりにも悲しすぎた。父親に向こうへ行くように言った。

「俺達は母さんのように死ぬんだ」

男はもう一度同じことを繰り返したが、どうにもならないので、木に登り始めた。子供たちはもっと上に登り、とうとうてっぺんまで行った。父親の手が届きそうになると、双子は下の海に身をおどらせた。しばらくのあいだ泳いでいたが、一人が水に沈んだ。もう一人もすぐ近くで沈んだ。

今、クレイグ入江には石が二つ立っている。双子が沈んだ場所だ。ヴェルメラップと呼ばれているが、それは双子という意味だ。二人が母親に会うために飛び降りたカバノキも、海のすぐそばに立っている。


アンブリム島にとても幸せな若夫婦がいた。この緑豊かな島で過ごした二人の日々は、純粋の幸せで出来上がったものだった。もちろん、彼等は畑仕事も楽しくやっていた。ある日、双子の子供を得たことで、彼等の幸せは完璧なものになった。親たちと同じくらい魅力的な男の子だった。最初のうち、父親は双子の世話をする妻を家に残して、一人で畑に出た。だが、妻から長く離れていられないと思うようになり、妻にも一緒に畑に来るように頼んだ。子供は何の心配も無かった。小さなハンモックを作って木陰で寝かせておけばよかったのだ。難しいことは何も無かった。ある晴れた日、夫婦は子供を連れて畑に行き、涼しい木陰に子供達を寝かした。物語はここから始まる。

両親が畑で草取りをしている間、子供たちはハンモックで静かに眠っていた。突然子供の一人が泣き出した。別に不思議なことではない。子供は昼も夜も泣き声をあげるものだ。だがその時は、近くを歩いていた女の注意をひいた。この女は普通の女ではなかった。悪魔だったのだ。女は腕に自分の子供を抱いていた。別の赤ん坊の泣き声を聞いて、女は道を逸れてハンモックに近づいた。素早く誰も見ていないのを確かめ、泣いている赤ん坊を抱き上げて、自分の赤ん坊とすりかえた。そして足早に立ち去った。

夫婦は日が沈むまで仕事を続けた。「もう家に帰る時間だ」、二人は荷物をまとめてハンモックの子供を連れて帰ったが、悪魔の女が仕掛けた汚いトリックには全く思いが及ばなかった。村までそれ程遠くなかったので、一家はすぐに家に着いた。母親は何も気にかけずに子供たちを寝かしつけた。突然、悪魔の子は、母親の匂いがしないことに気付いて泣き出した。母親はその時はじめてその子をしげしげと見た。それが自分の子でないと分かった時の驚きは想像を絶する。彼女は夫を呼んだ。

「早く来て、この子をよく見てちょうだい。この子は私たちの子ではない。良く見て!」

男は言葉を失った。あやそうとして何か食べさせようとしたが、その子は何も食べたがらなかった。不思議なことだ。それを見て恐怖を感じた。男はしがらく考えてから、妻に低い声で言った。

「良く聞け。この子を海に投げ捨てるのだ」

女は赤ん坊を抱いて海に走った。真っ暗闇だったし、気も動転していたので、後ろを振り返らなかった。浜に着くと落ち着きを取り戻した。ゆっくりと数歩歩き、子供を波の中に投げ込もうとしたその時、後ろから声がした。

「その子を海に投げないで。それは私の子。捨てないでしっかり育てて。大きくなったら、きっとあなたがた夫婦の役に立つから」

女は立ちつくした。振り返って悪魔と顔をあわせる勇気もなかった。パニックで、何を言ってよいか、どうしたらよいのか分からなかったが、赤ん坊を海に投げ捨てようとしたことを、とても恥ずかしく思った。やっとの思いで言った。「でも、この子は何も食べないんです」

声はすぐ返ってきた。「ココナツのミルクを飲ませなさい」 声が消え、浜辺にずっしりと重い静寂が戻った。女には恐怖で波の音も聞こえなかったが、やっと村に向かって走り出した。

家に帰ると、女は夫に何があったのかを話した。夫も赤ん坊を捨てようとしたことを恥じた。

「それなら、赤ん坊を育てるしかない。俺達の子でなくても、とにかく人間なんだから。言われたとおり、ココナツのミルクで育てよう」

直ちに実行に移した。女はココナツを夫に渡し、夫はそれを二つに割って、その片方にココナツミルクを満たした。男はこの動作を長い間繰り返した、毎日子供に飲ませたのだ。

両親は女の悪魔に夜の浜で言われたことを忘れかけていたが、ある日、育て上げた子が秘蹟をすることに気付いた。もう子供ではなく、生まれつきの魔法使いとでも言うべき若者になっていた。彼はアンブリムで有名になったが、彼の評判は海を越え、やがてポートビラに出て人々の相談に乗るようになったという。