訳者註: パーマ島は、南北4km、東西2km、断崖絶壁が海に落ち込む急峻な火山地形の小島で、現在の人口は2千人ほどである。バヌアツ人は、4千年前にこのような小島に漂着して住みついた人の末裔で、現在も21万の国民の7割は昔からの小集落で生活している。バヌアツに110もの伝統言語が残っている理由が理解できるだろう。

バヌアツの伝統言語には文字がなかったが、集落に独特の「砂絵」の文様が伝えられている。彼等は指で極めて無造作に描くが、描きあがったものは、驚くほど精巧な抽象文様である。夫々に複雑な物語が込められているというが、そうだとすれば、極めて高度な知的資産と言うべきだろう。

右に示した砂絵のパターンは、マレクラ島南部に伝わる「ネヴィンブンバア」のストーリーを示すという。記入されている数字は、ラインの書き順を示したもの。この幾何学模様でストーリーの展開を構成できるとは考え難く、この物語を語る時はこのパターンの砂絵を描きながら語れ、ということだったのではないか。

  • チタモール: 巨木の霊の不思議な歌にさそわれて・・
  • ナメレの息子: 霊木から生まれた少年との不思議な出会い・・

その昔、チタモールがいた。ガジュマルの巨木に住む霊だ。その巨木の近くの海辺に二人の男が住んでいた。二人は魚獲りと畑仕事で暮らしていた。毎日、夜が明けると畑に出て、コオロギが鳴き始める夕方まで働き続けた。二人は、海辺に砕ける波の音しか聞こえないような、静かな暮らしが好きだった。ある晴れた日、二人が畑にいると、魅惑的な歌が聞こえてきた。それはチタモールが引き潮を知らせる歌で、こんな具合に聞こえた。

  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ
  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ

それは「おーい、引き潮だぞ。貝が隠れ家から出てくるぞ。浜に出て拾え」というような意味だ。

二人が初めてその歌を聞いた時は、全く気に留めなかった。ある日、彼等は狩に出て大きなイノシシを仕留め、村に持ち帰り、皮をはいで火にかざして焼いた。イノシシの焼けるおいしそうな臭いが漂い、ガジュマルに住むチタモールの鼻に届いた。チタモールはガジュマルのてっぺんに登り、それが村から来たものだと知った。その日は、今までにないほどの引き潮だった。チタモールは二人の男をおびき出そうと、木のてっぺんで歌った。

  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ
  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ

歌の効果はてきめんで、二人の男は何も疑わず、篭を持って浜に貝拾いに行った。その間にチタモールは村に行って、イノシシを全部食ってしまった。腹一杯になってクソがしたくなり、焼いたイノシシのあった囲炉裏にクソをして埋めた。二人の男が村に戻り、イノシシを食おうと思って囲炉裏を掘ると、そこにあったのはチタモールのクソだった。二人はカンカンに怒って復讐することにした。

太陰年が終わろうとしていた。二人の狩は大成功で、大きなイノシシを二匹獲った。村に持ち帰ると、二匹を別々の囲炉裏で焼くことにして、すぐ料理にとりかかった。それを巨木のてっぺんで見ていたチタモールが歌い始めた。

  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ
  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ

チタモールがイノシシを食いたくて、また同じトリックをかけていると、すぐ分かった。二人は篭をゆすりながら浜に出かけた。だが、一人が途中で横道にそれて村に戻り、チタモールを捕らえるために予め掘っておいた穴に隠れた。二人とも浜に行ったものと思い込んでいたチタモールは、まっすぐ囲炉裏のところに行った。またクソがしたくなって、その穴にした。チタモールは長い髪を後ろに垂らしていた。その髪は、男が潜んでいた穴のすぐ上にあった。男はその髪を近くの根っこに結わえつけ、獲物がワナにかかったことを知らせようと仲間を呼んだ。チタモールは逃げることもできず、男のなすがままにされた。棍棒で打ち殺されたのだ。

右はチタモールの伝説を表わすという砂絵のパターン



森の奥にパチマートという男が住んでいた。彼は独り者で、家のそばに柵を作って豚を飼っていた。彼は豚の世話をよくしたので、豚はどれも立派だった。餌をやるのは日に一度、朝か夕方だった。ココナツ、パパイヤ、熟れたバナナをやった。ある朝、バチマートはいつものように豚に餌をやりに行った。

「どうしてかな」と彼は独り言を言った。「毎日餌をやっているのに、ちっとも太らない」

まったくそのとおりだった。豚は日に日に痩せてゆくようだった。バチマートは空になった餌の篭を持って家に戻ったが、豚のことがとても心配だった。突然、囲いの中から不思議な声が聞こえた。何の声かわからなかった。これまで聞いたことのない声だった。

「ワー、ワー、ワー」と、子供が泣いているような声だった。豚が柵の中で走り回っている音も聞こえた。
「何かが追い回しているのかな」と思った。

だがそんな筈はない。というのも、その島に住んでいるのはバチマート一人だけだったからだ。
「いったい何がどうなっているんだろう」

次の朝、バチマートは日が昇る前に起きた。

バチマートは独り言を言った。「今日は何が起こっているのか確かめてやる。豚があんなに痩せるのはおかしい」

バチマートは豚が死ぬのではないかと思った。
「ともかく、なんで豚が柵の中を走り回るのか、調べなければ」

いつものように篭に豚の餌をいれて柵のところに行き、豚に餌をやった。そうしてから家に戻り、木の幹の裏側に隠れてじっと待った。そこで彼は異常なものを見た。ナメレの木の幹が、空気で膨らませているかのように、急に膨張し始めたのだ。どこまでも膨らんで行きそうだった。バチマートは何が起きるのか、心配になった。

突然、ナメレが割れて、中から子供が出てきた。普通の子供のように見えたが、とても痩せていて、黒くて真っすぐに長い髪を背中の下の方まで垂らしていた。

「これはいったいどうしたことだ?」 バチマートは怖くなって震えた。

彼は木の裏側に隠れたまま、長い髪の少年から目を離さないでいた。少年はちょっとまわりを見回したが、バチマートが木に隠れていることに気付いていなかった。それから少年は豚の柵のところに急いで近づいた。

柵のところに行くと「ワー、ワー、ワー」と叫び、柵をのり越えた。

豚はとても驚き、餌のところから柵の反対側まで走った。すると少年が食べ始め、あっという間に全部食べ終えた。バチマートはカンカンに怒った。

「さあ、豚が痩せた理由が分かったぞ。何とかしなければ」

少年は食べ終えると、柵を飛び越えた。立ち去ろうとしたところで、バチマートが隠れていたところだから飛び出した。

「おい!待て!」と彼は叫んだ。「お前は何者だ? どこから来た? 何でオレの豚の餌を横取りするのだ?」

少年はちょっと立ち止まった。彼はバチマートが見張っていたとは知らなかった。彼は頭を下げ、ゆっくりと上げると、バチマートに言った。

「僕の名前はバットマー。僕のお母さんはナメレで、お父さんはいない」

バチマートは、バットマーの母親が、子供の食べものを得るために働けない事情を理解した。少年は痩せこけて悲しそうだったので、バチマートは同情した。

彼は少年の方を向いて言った。「オレがお前のお父さんになってやろう。家においで。面倒をみてやる」

バットマーが答えた。「ついて行くけれど、一つ条件がある。ナメレの葉を採らないって約束してくれる? そうしないと、僕が痛い目にあって、ここに居れなくなるんだ」

バチマートは約束した。彼は少年を家に連れて行き、本当の息子のように面倒をみた。少年が憶えなければならないことを全部教えた。狩も魚獲りも教えた。カヌーも作った。二人はとてもよい時間を共に過ごしたのだった。

ある日、近くの島で大きな祝い事があり、近郷の村人が皆招かれた。バットマーも、父親のカヌーに乗って出かけた。カヌーを浜につけ、村まで歩いた。たくさんの男女や子供がいた。バットマーは新しい友達が出来て嬉しかった。みんな楽しそうだった。バチマートとバットマーは、ラプラプをたくさん食べた。

それから、バチマートは男たちの踊りの輪に加わった。バットマーは村で待っているように言われたが、こんなすごい踊りは見たことが無かったので、片隅で踊っている人たちを見ていた。踊り場の周りをナメレの木が囲んでいた。バチマートはナメレの葉を持って踊りたくなった。彼は何も考えもせずに、葉を一枚引きちぎった。バットマーは、彼の継父がしたことを見て、恐怖におののいた。バチマートが、そんなに早く約束を忘れたことが悲しかった。彼は泣き出してその場から走り去り、森の中のナメレの木に隠れた。

ダンスが終わり、バチマートはバットマーを探した。だが、少年はどこにも居なかった。ナメレの木の下も探したが、そこにも居なかった。バチマートは踊り場の近くに座り込んで考えた。突然、バットマーと初めて会った時に言われたことを思い出した。少年は逃げ去ったに違いない。彼は大声で呼んで探し回ったが、答えはなかった。夜のとばりがおり、バチマートは家に帰らねばならなかった。カヌーにもどり、一人だけで自分の島に漕ぎ出したが、とても悲しかった。それからも、バットマーを見たり、噂を聞いたりすることは、二度となかった。