パーマ島の民話       (2007/10/31)

パーマ島は、南北4km、東西2km、断崖絶壁が海に落ち込む急峻な火山地形の小島で、現在の人口は2千人ほどである。バヌアツ人は、4千年前にこのような小島に漂着して住みついた人の末裔で、現在も21万の国民の7割は昔からの小集落で生活している。バヌアツに110もの伝統言語が残っている理由が理解できるだろう。

バヌアツの伝統言語には文字がなかったが、集落に独特の「砂絵」の文様が伝えられている。彼等は指で極めて無造作に描くが、描きあがったものは、驚くほど精巧な抽象文様である。夫々に複雑な物語が込められているというが、そうだとすれば、極めて高度な知的資産と言うべきであろう。

(右に示した砂絵のパターンは、マレクラ島南部に伝わるもので、前号に掲載した「ネヴィンブンバア」のストーリーを示すという。記入されている数字は、ラインの書き順を示したもの)

☆ チタモール
☆ ナメレの息子


チタモール

その昔、チタモールがいた。ガジュマルの巨木に住む霊だ。その巨木の近くの海辺に二人の男が住んでいた。二人は魚獲りと畑仕事で暮らしていた。毎日、夜が明けると畑に出て、コオロギが鳴き始める夕方まで働き続けた。二人は海辺に砕ける波の音しか聞こえないような静かな暮らしが好きだった。ある晴れた日、二人が畑にいると、魅惑的な歌が聞こえてきた。それはチタモールが引き潮を知らせる歌で、こんな具合に聞こえた。

  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ
  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ

それは「おーい、引き潮だぞ。貝が隠れ家から出てくるぞ。浜に出て拾え」というような意味だ。

二人が初めてその歌を聞いた時は、全く気に留めなかった。ある日、彼等は狩に出て大きなイノシシを仕留めた。村に持ち帰り、皮をはいで火にかざして焼いた。イノシシの焼けるおいしそうな臭いが漂い、ガジュマルに住むチタモールの鼻に届いた。チタモールはガジュマルのてっぺんに登り、それが村から来たものだと知った。その日は、今までにないほどの引き潮だった。チタモールは二人の男をおびき出そうとして、木のてっぺんで歌った。

  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ
  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ

歌の効果はてきめんで、二人の男は何も疑わずに、篭を持って浜に貝拾いに行った。その間にチタモールは村に行き、イノシシを全部食ってしまった。腹一杯になってクソがしたくなり、焼いたイノシシのあった囲炉裏にクソをして埋めた。二人の男が村に戻り、イノシシを食おうと思って囲炉裏を掘ると、そこにあったのはチタモールのクソだった。二人はカンカンに怒って復讐することにした。

太陰年が終わろうとしていた。二人の狩は大成功で、大きなイノシシを二匹獲った。村に持ち帰ると、二匹を別々の囲炉裏で焼くことにして、すぐに料理にとりかかった。それを巨木のてっぺんで見ていたチタモールは歌い始めた。

  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ
  オウウィー アマー メメシー、セイヴァキ ケイル アケケラーオ

チタモールがイノシシを食いたくて、また同じトリックをかけていると、すぐに分かった。二人は篭をゆすりながら浜に出かけた。だが、一人が途中で横道にそれて村に戻り、チタモールを捕らえるために予め掘っておいた穴に隠れた。二人とも浜に行ったものと思い込んでいたチタモールは、まっすぐに囲炉裏のところに行った。またクソがしたくなって、その穴にした。チタモールは長い髪を後ろに垂らしていた。その髪は、男が潜んでいた穴のすぐ上にあった。男はその髪を近くの根っこに結わえつけ、獲物がワナにかかったことを知らせようと仲間を呼んだ。チタモールは逃げることもできず、男のなすがままにされた。棍棒で撃ち殺されたのだ。

チタモールのことは、砂絵になって今日まで伝えられている。

(右はチタモールの伝説を表わすという砂絵のパターン)


ナメレの息子

パチマートという男が森の奥に住んでいた。彼は独り者で、家のそばに柵を作って豚を飼っていた。彼は豚の世話をよくしたので、豚はどれも立派だった。餌をやるのは日に一度、朝か夕方だった。ココナツ、パパイヤ、熟れたバナナをやった。ある朝、バチマートはいつものように豚に餌をやりに行った。

「どうしてかな」と彼は独り言を言った。「毎日餌をやっているのに、ちっとも太らない」

まったくそのとおりだった。豚は日に日に痩せてゆくようだった。バチマートは空になった餌の篭を持って家に戻ったが、豚のことがとても心配だった。突然、囲いの中から不思議な声が聞こえた。何の声かわからなかった。これまで聞いたことのない声だった。

「ワー、ワー、ワー」と、子供が泣いているような声だった。豚が柵の中で走り回っている音も聞こえた。
「何かが追い回しているのかな」と思った。

だが、そんな筈はない。というのも、その島に住んでいるのはバチマート1人だけだったからだ。
「いったい何がどうなっているんだろう」

次の朝、バチマートは日が昇る前に起きた。

バチマートは独り言を言った。「今日は何が起こっているのか確かめてやる。豚があんなに痩せるのはおかしい」

バチマートは豚が死ぬのではないかと思った。
「ともかく、なんで豚が柵の中を走り回るのか、調べなければ」

いつものように篭に豚の餌をいれて柵のところに行き、豚に餌をやった。そうしてから家に戻り、木の幹の裏側に隠れてじっと待った。そこで彼は異常なものを見た。ナメレの木の幹が、空気で膨らませているかのように、急に膨張し始めたのだ。どこまでも膨らんで行きそうだった。バチマートは何が起きるのか、心配になった。

突然、ナメレが割れて、中から子供が出てきた。普通の子供のように見えたが、とても痩せていて、黒くて真っすぐに長い髪を背中の下の方まで垂らしていた。

「これはいったいどうしたことだ?」バチマートは怖くなって震えた。

彼は木の裏側に隠れたまま、長い髪の少年から目を離さないでいた。少年はちょっとまわりを見回したが、バチマートが木に隠れていることには気付いていなかった。それから少年は豚の柵のところに急いで近づいた。

柵のところに行くと「ワー、ワー、ワー」と叫び、柵をのり越えた。

豚はとても驚き、餌のところから柵の反対側まで走った。すると少年が食べ始め、あっという間に全部食べ終えた。バチマートはカンカンに怒った。

「さあ、豚が痩せた理由が分かったぞ。何とかしなければ」

少年は食べ終えると、柵を飛び越えた。立ち去ろうとしたところでバチマートが隠れていたところだから飛び出した。

「おい!待て!」、と彼は叫んだ。「お前は何者だ?どこから来たのだ?何でオレの豚の餌を横取りするのだ?」

少年はちょっと立ち止まった。彼はバチマートが見張っていたとは知らなかった。彼は頭を下げ、ゆっくりと上げると、バチマートに言った。

「僕の名前はバットマー。僕のお母さんはナメレで、お父さんはいない」

バチマートは、バットマーの母親が子供の食べものを得るために働けない事情を理解した。少年は痩せこけて悲しそうだったので、バチマートは同情した。

彼は少年の方を向いて言った。「オレがお前のお父さんになってやろう。家においで。面倒をみてやる」

バットマーが答えた。「ついて行くけれど、一つ条件がある。ナメレの葉を採らないって約束してくれる?そうしないと僕が痛い目にあって、ここに居れなくなるんだ」

バチマートは約束した。彼は少年を家に連れて行き、本当の息子のように面倒をみた。少年が憶えなければならないことは全部教えた。狩も魚獲りも教えた。カヌーも作った。二人はとてもよい時間を共に過ごしたのだった。

ある日、近くの島で大きな祝い事があり、近郷の村人が皆招かれた。バットマーも父親のカヌーに乗って出かけた。カヌーを浜につけ、村まで歩いた。たくさんの男女や子供がいた。バットマーは新しい友達が出来て嬉しかった。みんな楽しそうだった。バチマートとバットマーはラプラプをたくさん食べた。

それから、バチマートは男たちの踊りの輪に加わった。バットマーは村で待っているように言われたが、こんなにすごい踊りは見たことが無かったので、片隅で踊っている人たちを見ていた。踊り場の周りをナメレの木が囲んでいた。バチマートはナメレの葉を持って踊りたくなった。彼は何も考えもせずに、葉を一枚引きちぎった。バットマーは、彼の継父がしたことを見て、恐怖におののいた。バチマートが、そんなに早く約束を忘れたことが悲しかった。彼は泣き出してその場から走り去り、森の中のナメレの木に隠れた。

ダンスが終わり、バチマートはバットマーを探した。だが、少年はどこにも居なかった。ナメレの木の下も探したが、そこにも居なかった。バチマートは踊り場の近くに座り込んで考えた。突然、バットマーと初めて会った時に言われたことを思い出した。少年は逃げ去ったに違いない。彼は大声で呼んで探し回ったが、答えはなかった。夜のとばりがおり、バチマートは家に帰らねばならなかった。カヌーにもどり、一人だけで自分の島に漕ぎ出したが、とても悲しかった。それからも、バットマーを見たり、噂を聞いたりすることは、二度となかった。