マロ島は、バヌアツ最大サント島の東南に、従者のようにくっ付いた小さな島である。バヌアツの全体地図を見ると、この島が、近くの大きな島々のカナメのような位置にあることが分かる。

バヌアツには約4千年前にメラネシア人が渡来したと言われているが、マロ島は、最も早くから定住が始まった島らしい。大きな島々に囲まれた地理的条件から、この島を中心に交易が起こり、「文明」らしいものが、先行して発達した可能性がある。

小生は、バヌアツでは自給自足経済、原始共産制が最近まで続いてきたと思っていたが、マロ島の民話には、交易で産を成した豪商(?)が出てきたり、貧富格差を思わせる話が出てきたりするので、多少認識を改めなければならない感もある。

☆モル・マラマラの生涯
☆新月の伝説
☆漁師と五人の子供


モル・マラマラの生涯

その昔、マロ島の山の中に有名な男がいた。男の名はモル・マラマラ。広い土地を持ち、大きなナカマルやヤムイモ畑、バナナの木、ニワトリや豚などの財産もたくさんあった。若い頃から勤勉だったので、こんな財産家になったのだ。彼は近くの村やよその島との交易を盛んにしたので、人々からたいへん尊敬されてもいた。

彼はアンバエ、マエオやペンテコストの島々から敷物を買い取り、マロ島から儀式用の豚を売る商売に熱心だったが、近くのマレクラ島の北東の小さな島々やサント島とも交易をしていた。仕事はとても忙しかったけれど、実のところ死ぬほど退屈だった。というのも、彼は独身だったのだ。

「俺がこの世からいなくなったら、この財産は誰が継ぐのだ?人間はいずれ孤独な生涯を閉じることになる。相続人が要る。」一日の商売を済ませ、狩や漁労も終え、一人で焚き火にあたっていると、そんな独り言が出ることが多かった。

ある日、モル・マラマラは、近くの村から、アハエという名の女を嫁にもらった。結納に、たくさんのヤム芋と立派な牙の生えた豚を払った。結婚してしばらくというもの、彼はあらゆる家事や雑事を自分でした。妻が新婚生活を楽しくすごせるようにしてやったのだ。

だが、モル・マラマラは仕事に戻らねばならない。家事や雑事はアハエにやってもらおうと思った。彼は妻に言った。「なあ、お前。焚き木を集めてくれないか。俺は畑に行って食い物を採ってくるから。」

「いわだわ。あなたがやってよ、これまでどおりに。」
「そんなら、ヤシの実を拾ってきてくれ。豚のエサにするから。」
「いやよ、私は豚の世話なんかするために来たんじゃないわ。」
「そうか、それならナカマルの掃除をしてくれ、、、」
「とんでもない!私はあなたの奴隷でも召使でもないんだから。」

モル・マラマラはとても気落ちして、死んでしまいたいと思った。彼はナカマルに行き、マロ島ではアセマンサと呼ぶ、儀式用の豚の牙を取り出した。牙はヤシの繊維で編んだヒモで束ねてあった。それを持って家の裏の丘に登り、てっぺんで歌い始めた。家にいる妻に聞こえるように、大きな声で歌った。とても長い歌だった。

妻は小屋の中でだらしなく寝ころんでいたが、遠くから歌が聞こえるような気がした。「きっと夢でも見ているんだわ。ここには誰もいないもの。海辺のシュロの葉が風に鳴っているんだろう。」

モル・マラマラは丘から海へおりて行きながら、二つ目の歌を歌った。やっとアハエはそれが夫の声と気付いた。モル・マラマラは、海で溺れて死のうと心に決めていた。海に入り、へそまで水につかった。アハエは夫がしようとしていることに気付いて、海辺に走った。彼が満潮のサンゴ礁の上に立っているのが見えた。モル・マラマラはまた歌い始めた。彼は浜辺をふり返り、妻が呼んでいるのを見た。

「戻って来て。家に戻ってちょうだい。あなたの言うとおりにするから!」

「見るんだ、あの丘の上を。ニワトリが逃げたぞ。どこかへ飛んでいってしまうぞ。よく見ろ、家が火事だぞ。」

妻が丘の上に目をやっている間に、豚の牙を身につけたモル・マラマラは、悲しそうに海の中に消えていった。


新月の伝説

その昔、マロ島の男たちの暮らしはシンプルだった。彼等は森の中に住んでいた。本当のことを言うと、ある風習がなければ、こんな暮らしはとても退屈だったのだ。新月になると、彼等は森から出て海に向かった。小さな川の河口のナンガライが目的地だ。彼等は、焚き火をして焼いて食うために、タロイモとヤムイモを持っていた。川の土手でイモを焼きながら、自分の冒険話を静かに語り合った。そうしながら、ある者を待っていたのだ。新月の夜にやってくる月からの使者だ。

新月は本当に穏やかに空を渡る。中天からゆるゆると島に近づき、河口に接すると、澄んだ水の中に沈んでゆく。月はそんなふうにして身を清めるのだと言われていた。しばらくすると、月はまた静かに空に登ってゆく。だが、高く昇る前に地上から数メートルのところを漂って、ナンガライ川を明るく照らす。こうして次の新月までの別れを告げるのだ。新月の夜はいつも同じことが起き、男たちは月を崇拝する気持ちでそれを眺めやるのである。

だが、男の一人は違うことをしようと思っていた。月を捕まえてみたい、それが彼の心からの望みだった。彼はそのことを口に出したことはなかったが、ある日のこと、彼は心から信用できると思っていた友達にその秘密を明かした。友達はうろたえ、思いとどまらせようと、あらゆることをした。男は納得したふりをしたが、友達が反対したことで、欲望を一層つのらせた。次の新月には絶対に捕まえてやると心に誓った。

待ちどおしかったが、遂にその夜が来た。彼は他の村人たちと一緒に森を出て海辺に向かった。彼は自然に振舞い、皆とうちとけた話をしながら歩いた。自分のタロ芋とヤム芋も持っていた。ナンガライに着くと、皆は焚き火をするためのホダ木と薪を拾った。焚き火が燃え上がり、イモを焼く人たちの顔を照らし出した。全員が嬉しそうに忙しがっていた。全員?いや、一人だけはこっそりと抜け出し、川の右側の大きな岩の陰に隠れていた。

彼は月が出てくるのを待った。やがて月が中天に現われ、ゆっくりと沈み始めた。男は待ち構えていた。月はいつものように河口にさしかかり、冷たい水に半身を沈めた。その時だ。男は隠れ場所から飛び出すと月に飛びかかり、片手で掴み取った。だが、月は男の指の間からスルリと抜け出た。月は空高く、いつもの場所にあった。

だが、ああ何たることか、月は前と違っていた。あの男の手は、タロイモとヤムイモを運び、薪を拾い、火を熾したので、黒く汚れていた。その手で掴まれた月に、汚れた手の跡がついてしまったのだ。月は二度と前の姿に戻れなかった。

その運命の日から、月はナンガライの上を漂って輝くことはなかった。月は天空を急いで駆け回るようになった。よく見ると、月の顔が黒く汚れているのが見えるだろう。それは、その昔マロ島の男が残した手の痕なのだ。


漁師と5人の子供の伝説

その昔、マロ島に一人の貧しくて不幸な漁師がいた。ある日のこと、その男に幸運が舞い込んだ。魅力的な娘が現れ、恋に落ちたのだ。娘の方も、優しくて親切な男の虜になった。とは言うものの、恋をして金持ちになれるわけではない。二人は幸せだったけれど、貧乏のままだった。子供が生まれると、窮状は一層ひどくなった。一人、二人、三人、四人、そして五人、全部男の子だった。夫婦はどうやって子供たちを育てたらよいか、途方にくれていた。男は毎朝海か川に漁に出かけ、妻は村に残って子供たちの面倒をみた。生活は苦しく欠乏していた。しかし、貧しさがかえって家族の絆を強くし、家族はお互いに敬愛しあっていた。

時が流れ、5人の息子たちは成長した。だが、母親は子供を育てることにエネルギーを使い果たしていた。家にいて、夫が漁に出るのを見送るのがやっとだった。息子達は父親と一緒に漁に行きたがるようになった。父親は喜んで息子達を連れて行き、ゲームのようにして魚を獲った。魚が一番たくさん網に入っていたら一等賞、というわけだ。だが息子達は、父親が時々悲しそうな顔をするのを見た。それまでの厳しい人生が、彼の老いを早めていたのだ。息子達はそれを感じ取って悲しくなった。毎朝つくづくと父親を見て、漁に出るには疲れすぎていると思った時は、家に居るように言った。

「ゆっくりしていてよ。今日は俺達が魚を獲ってくるから。」

両親は息子達の愛情と気配りを心から喜び、彼等が出かけてゆくのを感動と誇りをもって見送った。

ある朝のこと、息子達は起き出して空を見た。空は一面に曇っていたが、土砂降りにはなりそうもなかった。雨はもう一週間も続いていたので、これは嬉しい知らせだった。父親は息子達と一緒に出るつもりでいたが、一番上の息子が止めた。

「今日はお母さんと一緒に居てください。雨が続いてドロンコ道だ。今日は家でゆっくりした方が良い。」

息子達だけで出て行った。昼になったが、息子達は戻ってこなかった。父親と母親は気がかりになり、気がかりは心配に変わった。

「俺が探しに行こう。いったいどうしたんだろう?」

外に出てみて、何が起きたかはすぐに分かった。

雨で増水した川は荒れ狂い、シュロの木、畑の作物、ガラクタ、何もかも押し流していた。父と母は長い間泣き叫び、子供たちを失った悲しみに打ちひしがれた。不幸と悲しみだけの人生を嘆いたが、彼等は不幸には慣れていた。自分達の生き方を取り戻すのに長い時間はかからなかった。次の日、妻はまだ悲しみから立ち上がれなかったが、夫の方は一つのことしか考えていなかった。妻を悲しみのあまり死なせてはいけないと。

「俺は漁に出る。お前は顔色が悪い。雨が降り出してから8日間も何も食べていない。俺は漁に出て食い物をとってくる。これからはきっと良くなる。子供が生まれる前の生活に戻ればよいのだ。」

母親は何も言わず、父親が出かけてゆくのを止めなかった。

男はいつものように川に網を投げた。海に近い河口だった。網を引くと、金魚が5匹かかっていたのを見て、どんなに驚いたことか。あんな美しいものを見たことがなかった。かかった魚が小さくてガッカリするのを忘れて狂喜した。突然、5匹の金魚は5人の少年に変身した。男は死ぬほど驚いた。それは息子達だったのだ。信じられなかった。亡くしたと思っていた子供達が戻ったのだ。妻がどんなに喜ぶかと思った。

子供達が生きて帰ったことがあまりに嬉しく、食べ物を獲る事も忘れてしまっていた。彼等は幸せいっぱいだった。前の日に子供たちを奪い去った激流が、今日は子供達を連れ戻してくれたのだ。天が貧しい両親に味方したのだ。