パタゴニアを巡って (2007年2月)    2007/3/30改
 「パタゴニア」という地名は旅心をくすぐる。アンデスが南氷洋に沈む南米大陸の最南端、文字通り「地の果て」である。日本から見て地球の真裏のこの地を訪れるには、飛行機を何度も乗り継いで片道二日がかり。ご用とお急ぎの身で行ける旅ではない。そんなわけで、「365連休」の到来を待った。気の向くままの個人旅行が望みだったが、12年前にチリで英語が通じなかった経験から、日本発のツアーに参加した。

 パタゴニアとは、「パタゴン(巨足族)の住む地方」を意味する。ベーリング海峡を渡り、北・中米を経てこの地方にたどり着いた先住民は、グアナコの毛皮で作った大きな防寒靴を用いた。この地を訪れたヨーロッパ人は、雪上に残されたその足跡を見て、巨足族と勘違いしたと言う。原住民は白人の圧迫を受けて全滅し、現在その姿を見ることはない。

 今回のツアーでは、バスで2400kmを巡った。1日12時間、未舗装の道を含め620kmを走破した日もあるが、ゆったりした大型バスの車窓を流れる雄大な風景や、頻繁に現れる動物たちにカメラを向けていると、長時間の旅も全く飽きることがない。ホテルや食事場所の選択には、ツアー会社が細かい気遣いをしたようで、ほぼ満足のゆくものであった。飛行機の数時間遅れが常態だったり、時折バスの迎えがいい加減だったりして、南米ラテンのお国柄がにじみ出たこともあったが、バヌアツで「悠久の時の流れ」を体験したばかりの小生には、この程度の「いい加減さ」はご愛嬌の内である。

 今回のツアーで「ご愛嬌」とは言いかねたのは、中継地の米国のテロ対策による大混乱である。往路はデトロイトで入国審査に2時間を要し、乗り継ぎ便に駆け込んだものの、荷物とは生き別れになった。復路も手荷物検査が手間取ったり、マイアミの入国審査のモタモタのお陰で乗り継ぎ便を逃し、マイアミで予定外の一泊をする羽目になった。添乗員の大奮闘と、旅なれたツアーメイトの和やかな雰囲気に救われ、楽しい旅行を続けられたものの、こんな状況が続けば、米国は敵を増やすばかりだろう。

 今回の旅には、買い換えたばかりの一眼デジカメと手ぶれ防止レンズを持参した。3000コマのRAWデータの「現像処理」でパソコンと睨めっこを続けるのは、終日バスに揺られる以上の重労働だったが、どうにか帰国から1ヶ月以内で全行程をカバーできた。下記は左から右へ旅程に沿ってならべたが、記事の掲載時期が前後したので、読者は混乱されるかもしれない。不手際をお詫び申し上げます。
ブエノス
アイレス
南北米大陸最高峰 アコンカグア カラファテと
モレノ大氷河
フィッツロイ峰 チリ・アンデスの岩峰群
 パイネ
マゼラン海峡からフェゴ島へ 地球の果て、
ウスアイア
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