サンチャゴ (チリ)   (訪問: 1994/12)       2007/3/15
 1994年暮、30年勤続のリフレッシュ休暇で行った南極半島ツアーの現地集合場所がサンチャゴだった。当時勤務地の米国ダラスから半日の旅程で行けた。サンチャゴでは英語が通じないのに往生した。レストランでコーヒーを頼んだらコーラが出てきた。米国からは南米が自分の庭先のように見えてしまうのだが、ここがヨーロッパの出先であることを身にしみて感じた。
 
 我々が訪れる10年前、サンチャゴでは内戦があった。我々の集合場所だったホテルは、大統領府前の広場に面していたが、ホテルの壁面には、機関銃弾の跡が生々しく残っていた。明治以来、日本人にはヨーロッパに対するコンプレックスがあり、今もその文明に対して無条件な憧れを抱くことがある。我々はつい「文明=平和」と思ってしまうが、彼等の歴史には常に血のにおいがつきまとう。彼等は「文明=力ずくの闘争」と思っているフシがある。何千キロも海を越え、原住民を征服して自分たちの町を作ったエネルギーの源は、そんなところにあったような気がするし、それは今もあまり変わっていないのかもしれない。
@丘からサンチャゴを俯瞰する。盆地に淀んだ排気ガスは、サンチャゴの好まれざる名物でもある。 A丘の上のマリア像は観音様を思い出させる。 B大統領府。この広場で銃撃戦があったという。 C夜明けの広場。 D街角の礼拝堂。 EF19世紀ヨーロッパの町並み。 G郊外の丘陵からアンデス山脈が見える。南米最高峰アコンカグアも近い。 Hチリワインの醸造所に付属するブドウ畑。 I特徴のある木(名前を忘れた)
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