東北百名山地図

里から目立って見える山の頂には、殆ど例外なく祠が立っている。立派な社殿から神棚程度のものまで規模は様々だが、激しい風雨にさらされながらも、朽ち果てたものを見たことがない。今も世話を欠かさない人達がいるのである。無信心の小生も、山上の社では僅かなお賽銭をあげて頭を垂れる。山行の安全を願うだけで、べつにご利益を願ったり、人倫の道を悟ろうというわけではない。

西欧流に言えば、山岳信仰はアミニズムの一種で、原始宗教の尾を引くものだろう。だが、日々の暮らしが自然と強く結びついている人たちにとって、山は水や食糧をもたらし農作業の時期を教えてくれる、優しくて親切な 「かみさま」 なのだ。全宇宙を支配する唯一絶対の「神」しか認めない人たちには、こういう穏やかな信仰の心境は、理解できないと思う。

深田久弥は百名山の条件に、「人々が朝夕仰いで敬い、その頂に祠をまつるような山」を挙げた。これは実に味わい深い考えではないだろうか。

今や人類存亡の課題となった「ECO」はもっぱら経済的視点で論じられるが、人間と自然の調和という考えの根底に、穏やかな自然信仰が欠かせないような気がする。東北の百名山歩きを思い起こしながら、そんなことを考えた。


岩木山 標高: 1625m 登頂: 2001年10月
「津軽富士」という中央集権的な呼び方よりも、地元の人たちが親しみを込めて呼ぶ 「おいわきやま」 の方が、この山にふさわしい。由緒正しく登るには、麓の神社(標高170m)から1日かけて歩くのだろうが、体力不足の百名山消化組は、8合目「スカイライン」終点まで車で、更に登山リフトで山頂直下に至るのを許してもらう。10月の連休、足元に拡がる錦繍に目を奪われた。
八甲田山 (大岳) 標高: 1584m 登頂: 2001年10月
「死の雪中彷徨」で知られる八甲田山も、4月にバスが通い始める。雪渓歩き訓練のツァーで主峰の大岳まで登る計画だったが、強風で引き返した。リベンジは秋に果たした。酸ケ湯から大岳山頂まで往復4時間の行程だが、毛無岱の湿原の草紅葉は尾瀬に勝るとも劣らなかった。
八幡平 標高: 1613m 登頂: 2001年10月
見返峠の駐車場から最高点標識まで徒歩20分。登山と言うにはあまりにあっけないが、雨模様に加え紅葉に食傷気味だったので、早々に引き揚げた。麓に名湯・銘酒も多い。百名山を忘れてゆっくりと出直せばよい。
岩木山、八甲田から 岩木山、南麓から 岩木山頂から山腹の錦繍 酸ケ湯から八甲田 酸ケ湯の湯治棟 蔦温泉
春の八甲田 (雪上訓練) 八甲田、毛無岱の紅葉 八甲田山頂から青森市 八幡平山頂の標識 八幡平の山腹から

岩手山  標高: 2038m  登頂: 2003年8月
盛岡から北に走ると、左に岩手山が見え続ける。火山活動で登山禁止になっていたが、昔からの東麓の参詣道が解禁になった。急な坂が続いて往路は苦しいだけだったが、復路には気の早い秋草が目に入る余裕が出た。写真を撮りながら下ったが、時折り火山爆発のような轟音に脅かされた。麓の射爆場で自衛隊が大砲を撃っていた。
早池峰  標高: 1917m  登頂: 2003年7月

早池峰は、高山植物の宝庫として知られる。蛇紋岩の山塊は風化せず普通の植生は育ち難い。元気なのは乏しい養分と厳しい自然条件に耐えられる高山植物だけである。一見ひ弱そうに見えるが、なかなかのしたたか者らしい。標高を上げるにつれて高山植物の種類が変わるのが、この山では良く観察できる。

そういう山だから、山頂トイレの排泄物はボランテイアが石油缶に汲み、担いで下ろす。最近は吸収式の容器を各自で持ち帰る運動が進んでいると聞く。山に登る者として、その程度のことは覚悟するべきだろう。

岩手山、北麓から 岩手山頂の火口壁 岩手山頂 ウスユキソウ 下山道で出会った野草(高山植物でない花もある)
早池峰山頂、コバオケイソウ 8合目のミヤマシオガマ 7合目のノビネチドリ 6合目のハヤチネウスユキソウ 5合目のミヤマアズマギク 4合目のミヤマオダマキ 3合目のミヤマシャクナゲ 2合目のギンリョウソウ

鳥海山 標高: 2236m 登頂: 2004年8月
古くから東北第一の名峰として、崇められてきた。その理由は、里から秀麗な姿を仰げば納得できる。米どころ、庄内平野に水をもたらす山と知れば、なお更である。だが、たおやかで緑豊かな山腹を登りつめ、山頂部の火口壁を越えると、突然予想しなかった地形が現れる。荒々しい溶岩がゴツゴツと折り重なる釣鐘状の火口丘である。切り立った岩角にしがみついてよじ登り、ようやく山頂に至ると、この山が荒行の場であったことが納得できる。
月山  標高: 1984m  登頂: 2000年10月
出羽三山の主峰月山も修験者の道場だが、ここには険しく荒々しい難所はない。ほのぼのとなだらかで、大きな丘のようである。8合目まで車道が通じ、広々とした湿原に敷かれた木道をゆるゆると登ると、2時間足らずで山頂に着く。近寄りがたい厳しさではなく、無限の包容力を示すことで、人の心を捉え続けた山なのである。
 
酒田市から鳥海山 8合目の雪渓 8月、雪が解けたばかりの斜面を花が飾る 9合目から南斜面 火口壁を下る 火口丘に神社と宿舎 鳥海山頂
月山、南麓の高速休憩所から なだらかな北側の斜面、遠くに鳥海山の裾野 東側の斜面にも池塘 9合目の池の傍で 山頂を見上げる 西側は浸食谷でやや急斜面 月山山頂から南を望む

朝日岳 (大朝日岳) 標高: 1870m 登頂: 2004年9月
山形県南部にひっそりとたたずむ地味な山である。標高はそれほど高くないが奥が深く、本当に山好きな人が、山の霊気を味わいながら静かに登る山である。麓の鉱泉から日帰りも可能だが、百名山消化の騒々しい集団登山など、もっての外なのだ。
飯豊山 (飯豊本山) 標高: 2105m  登頂: 2007年7月

この山の正しい登り方は、南北に長く連なる連峰を縦走し、豪雪に耐えて咲く花々を愛でながら、山に宿る神々と語り合うことだろう。だが、食糧と寝袋を背負って歩き通せない「百名山組」は、飯豊本山への最短距離を忙しく往復する。それでも、1泊2日をフルに要する。

行程が長い上に坂がキツイ。飯豊詣りは江戸期からの成人儀礼だから、キツイのは当然である。飯豊連峰の最高点は2128mの大日岳だが、ここを訪れるにはプラス1泊を要する。飯豊本山でOKとしたのは、中高年登山者への温情かもしれない。

蔵王 (熊野岳)  標高: 1841m  登頂: 2000年10月
「蔵王」という山はない。熊野岳を最高点とする山群をそう呼ぶ。刈田岳の駐車場から熊野岳まで約1時間。登るほどに神秘的な水をたたえた「お釜」の形が微妙に変化し、北西方の展望が拡がってくる。冬に樹氷のモンスターが現れる地蔵岳を通り蔵王温泉に下るコースもあるが、先を急ぐマイカー登山では出来ない。
磐梯山  標高: 1819m   登頂: 1996年9月  
大爆発で裏磐梯の景観が出来たのは、1888年(明治21年)のことである。荒々しい爆裂口のへりをたどり、山頂を往復する3時間余り、導火線を踏みながら歩くような気分がする。次の爆発はおそらく数百年先のことだろうが。
吾妻山  標高: 2035m  登頂: 2001年9月
通年営業のリフトの終点から最高点の西吾妻山頂まで、歩くのは1時間足らず。雑木に囲まれた山頂は展望ゼロで、面白くもおかしくもない。山歩きには、一切経山などのハイキングコースの方が良いと聞くが、百名山を片づけるのが先である。
安達太良山 標高: 1700m  登頂: 1998年5月
東北道で郡山を過ぎると左前方に大きく見え、智恵子抄の一節が自然に浮かぶ。途中までゴンドラが架かり、1時間少々で山頂に達する。硫黄が匂う爆裂原を左に見ながら北に進み、鉄山からくろがね温泉(岳温泉の源泉)を経由して登山口に戻ったが、山頂から先は大雨になって撮った写真は下の1枚だけ。
小朝日から大朝日岳を望む 大朝日山頂から北の縦走路 西吾妻から見た飯豊連峰 飯豊山、ようやく稜線に出た 日光きすげの群生 ひめさゆり 最高点の大日岳を遠望 山頂直下の飯豊山神社
蔵王の「お釜」。熊野岳の山頂直下から 蔵王の地蔵岳 冬の磐梯山(裏磐梯から) 裏磐梯登山口の銅沼 磐梯山頂から桧原湖 西吾妻山頂下の湿原 安達太良山頂